発達障害を受け入れられなかった時の話

発達障害の話
私は専門家ではありません。
私が調べた事とネスケの場合を書いています。
参考程度にお読みください。

※令和3年10月編集

 

ネスケ(旦那)は、30歳の時に発達障害(ASD,ADHD)と診断されました。
 よくネットや新聞記事や本などで「発達障害と知ってから楽になった」みたいな記事を目にする事があります。
 

 
ネスケに、発達障害の可能性が出てきて調べ始めた時に、その記事などを読んだ私は『検査を受けて診断されたらネスケも私も楽になる』と思っていたのかもしれません。
 ネスケが診断を受けて受け入れるまでの話を書いてみます。

 

 

『発達障害』を受け入れられなかった旦那

受け入れられるか、受け入れられないかと言うのも人それぞれだと思います。

これは、周りの環境も関係していると思うんですが。
ネスケは、受け入れられない人の方でした。

 

ネスケは、検査を受ける前から自分がアスペルガーかもしれないと思っていました。
 

 というより、『アスペルガー』という言葉しか知りませんでした。
『発達障害』という言葉も知らなかった。

 

検査を受けた時の事も書いてあるので、良かったら覗いてください。

旦那が発達障害の検査を受けた理由と、検査で分かったこと
パートナーに「発達障害の疑い」を持った時『検査を受けてほしい』と思う方は多いと思います。検査を受けて発達障害と診断されたら何か変わる。実際は、診断されても劇的に変わる事はありません。

発達障害と診断された後は、精神不安定になっていました。

少しの間、なにかあると(二人で喧嘩とか、仕事での問題など)
 

 
『俺が発達障害だから』
 

『どうせ俺なんか』
 

『俺は普通じゃないんだ』

 

という事ばかり言うようになってしまいました。
そして、仕事中や友達と会う時などに

『自分が、なんか変な事を言ってるんじゃないか』と疑心暗鬼になってしまい…。

友達と会っても楽しめなくなっていた。

 

私との喧嘩も多くなります。
 

喧嘩の時に、「どうせ俺はポンコツなんだ」と言っていました。
(今でも時々言いますが)
 

 
「俺は普通じゃないんだよ!ネスケ子は発達障害じゃないからわからないんだ!」

というような事も言われる事があった。
(これは悲しかった。)
 

 
「俺は発達障害だから、ネスケ子が言ってる事もわからないんだ!」とか…。
言う方も辛いと思いますが、言われる方も辛かった。

 

 

受け入れられない状態での出来事

発達障害と診断される前に

『アスペルガーかもしれない』とは思っていたものの、はっきりと診断されるとやっぱり受け入れられなかったからだと思います。

正確には『発達障害です、ASDとADHDですね。』と言われた。

ネスケが診断されてから、受け入れられない状態の中、ネスケが会社のイベントを担当することになってしまったのです。

ちなみにネスケは、自分の特性に全く合っていない『接客業』をしています。
※現在は部署異動をしたので接客業務は少なくなった。

 

会社の人は誰一人として、ネスケが発達障害という事を知らない状況です。

ネスケが、会社に入ってから6年ほど経っていたのですが、6年も経てばもう出来て当たり前の事が増えている時期だと思います。

 

なので、ネスケも上司などに「これくらいもう任せる」という状態になっていました。

精神的にも不安定な上に、やらなければならない事も多く。

 

自分で考えてやるという事が苦手なネスケは、いっぱいいっぱいになっていたんだと思います。

その頃は、仕事から帰ってきても話すことも少なくなり、食欲も落ち、夜も寝られなくなり。

 

口を開けば『死にたい』と…。

二次障害を起こした旦那

 

私は、どうすればいいのか分からず、ネスケも辛かったと思うんですが、私も日々悩んでいました。

もともと、ネスケは自己肯定感が低かったんですが、さらに低くなり、ネガティブ思考もひどくなり、何を言っても拒絶されて。

 

私にできる事と言えば、そのイベントの手伝いだけ。

 

イベントの準備も少しずつ進み、イベントも無事終わってネスケも少し落ち着いてきました。
ネスケの中でイベントを無事に終わらせる事ができたということで、自分の自信になったようでした。

 

 

受け入れられるのか?

 

診断されて、受け入れられる人、受け入れられない人は、人それぞれだとは思います。
ですが、ネスケを見ていると受け入れられる人の方が少ないと感じてしまいます。

発達障害という事が分かるという事も、『うつ病などの他の症状を訴えて病院へ行く事で分かる事が多い。』らしいです。

他にも、『子どもが発達障害と分かり、病院へ行ったら自分も発達障害だった。』という事もあるようです。

大人の発達障害というのは、大人になってから発症するということではなく、社会に出た時に特性からの困り事に気づくという感じでしょうか。

それまで『発達障害』という事を知らずに生活してきて、いきなり『発達障害』と言われたらどうなるか?

 

ネスケにとって発達障害は「自分自身の嫌いな部分」と言います。
嫌いな部分というのは、違和感を感じてきたところです。

周りとは違う『不器用』な部分。
それは、ネスケの持っている特性。(ネスケのASD,ADHDの特性)

 

けれど、それは発達障害からくるものだと受け入れられるまではとても長い。
今までは、『出来ないから努力を続けてきた。』

『けれど努力しても出来なかった。』

そして診断された事により、それらは頑張っても治る事のない『障害』という事を受け入れなければならない。

 

ネスケは、「もしかして検査が間違いだったんじゃないか」と言っていました。

 

『間違いだったらどんなに嬉しいか』

それが、診断されてからのネスケの想いです。

 

 

 

 

 

診断されてから2年経った今は?

 

診断されてから、ひどく落ち込んで全く受け入れられなかった時に比べたら今は少しは受け入れられているんだと思いますが。

私がこうやってブログを書いているのをチラ見したりすると、ため息が聞こえたりします。

 

今でも、喧嘩して言い合っていると

「ごめんね!発達障害でごめんねっ!」

と怒鳴ったりすることもあります。

普段そんなつもりがなくても、喧嘩の時には私は

「何回、同じことを言えば伝わるのよ!」

みたいな事を言ってしまいネスケに嫌な思いをさせてしまう事があります。

理解するまでが長いので、喧嘩の時などの興奮時にはお互い感情的になる事から、いつもより説明も荒くなるし、ネスケも興奮から理解力がさらに落ちる。

 

結果、意味の分からない怒鳴りあいになります。

心理士の方に「理屈で説明すれば伝わる」と言われたことがありますが。

理屈で説明…。

どんな感じ?となってしまう事が多いです。

 

今現在のネスケは、受け入れられている所もあれば、受け入れられない所もある。
前に比べれば、受け入れられている。

 

ただ、当時は「知らなければ良かった」と言っていましたが、

今は「知って良かった」となっています。

 

”自分は発達障害だけど自分なりに頑張る”

 

という考えになってからは、もともと努力家のネスケが、さらに努力家になりました。

 

発達障害と診断されてから、今の少し受け入れられた状態になるまで2年かかっていますが、前向きに考えられるようになり、工夫や対策も二人で考えたりしています。

未だに、受け入れられたのか?と聞かれたら「多少受け入れた」と返せるくらいです。

ただ、分かった方が良いのか?と、問われたら。

「もちろん分かった方が良い」と、ネスケも私も答えると思います。

自分の為に、一緒に居る人の為に、「発達障害」と分かった方が良いと思います。

 

以前書いた記事ですが『早く分かった方が良いのか』という内容の物があります。

良かったら読んでみてください。

 

編集中です(ごめんなさい) | 私の旦那は発達障害
ASDとADHDの旦那との生活

 

 

診断されてから4年経った今

4年経った今加筆します。

現在のネスケは『発達障害』を受け入れています。

そして、『自分に出来る事』を前向きに捉え、その出来る事を伸ばそうとしています。

出来ない事に関しては、諦めのような『ネスケ子にやってもらう』という選択をしています。(笑)

これは、私に負担がかかるという時と、それが普通としている時がある。

 

その代わり、私が苦手とする事はネスケに回したりとしています。

以前の私だったら、その事に対して負担と感じたり、不満と感じていたと思います。

今の私は『ネスケは発達障害だけど、それがネスケ』と思っているので、負担と感じる事も少なくなりました。

ネスケは『発達障害』を受け入れた上で、『自分に何が出来るか?』を考え、『どうすれば今より生きやすくなるか?』という生き方をしています。

喧嘩は今でも、一般的な夫婦の方より多い方だと思います。

特性から認知のゆがみも多いです。

難しいと感じる事はお互いまだまだ多い。

ですが、それが私達だと思い生活しています。

ネスケが『発達障害』という事を受け入れたのは、今年くらいだと思います。

なので、4年かかったのかな?

 

まだ完全に受け入れたという事ではないかもしれませんが、以前よりは『発達障害』という事を受け入れ前向きになっていると思います。

 

 

障害受容

本人が受け入れるまで時間がかかる事はあるけれど、家族や身近な方が受け入れるという事も大切な事だと思います。

 

それは、サポート側として発達障害を受け入れないと、サポートも出来ないからです。

本人が障害を受容するには「社会が障害を受容する必要がある。」という物を読んだことがあります。

そして「受容は強要されるべきものでもない。」

これは、発達障害者の障害受容の心理社会的プロセス に関する調査研究
ネットで見つけて読んだものです。

ネスケが診断された後、『自己理解』が必要だと私は感じていましたが、自分の特性を知るという事をネスケがしたのは、診断されて4年経つ少し前でした。

カウンセリングを受ける為に、聞きたい事や自分が感じた事を書き出す事から、自分の特性を知る事が出来たようです。

私はネスケが『発達障害』と診断された頃から、発達障害について調べ始めました。

ですが調べ始めた頃は、発達障害の特性をネスケに当てはめる事だけをしていたと今は思います。

それは、2年くらいはそのままだったと思う。

『ネスケ』ではなく、『発達障害の特性』ばかり考えていた。

今は、ネスケの特性を考えています。

 

ネスケの両親にカミングアウトしてからも4年経ちます。

ネスケの両親からの理解は、私とネスケはもう諦めています。

年齢的なものも大きいと思いますが、心理士さんから言われた事が大きいのかもしれません。

『ネスケさんの障害を受け入れると、似た物を持っているネスケ父も障害を認める事になる』という事です。

理解というのが難しい事も多いようです。

ネットで少し調べただけでも、家族の理解に関してのものが沢山ありました。

本人からしても、身近な方にしても、受け入れるまで時間がかかる方、腑に落ちる方などいるかと思います。

特性によって身近な方が困り事を感じている、特性によって本人が困り事を感じているという場合があると思います。

診断されてから受け入れるまでも、人それぞれかとは思います。

ですが、自己理解や周囲の理解というのは、とても大切な事だと感じています。